メソスコピック物性研究室の大学院生、近藤皆斗
(現凸版印刷株式会社)と御代田宗佑(現三菱電機株式会社)、羽田野剛司准教授は、東北大学の泉田渉助教等と共同で、「2重量子ドットにおける熱支援パウリスピンブロッケード」を理論的に解明し、その成果がPhysical Review B誌に掲載されました。Physical Review B誌はアメリカ物理学会が発行する、物理学の専門誌としては世界で最も権威があるPhysical Review誌の領域専門誌の1つであり、この研究成果が世界的に認められたことを示しています。この「熱支援パウリスピンブロッケード」は「量子ドット素子における熱エネルギーよる量子力学的な電流の抑制効果の増強」という新しい物理現象です。
研究背景
現代の情報化社会において、コンピュータはなくてはならない技術です。そのため、コンピュータの情報処理を担う大規模集積回路(LSI)は日進月歩で進化を遂げています。LSIは数十億個のトランジスタと呼ばれる電子素子から成り立っています。このトランジスタの性能の向上がコンピュータの性能を向上させ、様々な情報処理を可能としています。トランジスタは電気的に電流の流れを制御することにより、電流の増幅や電気的なスイッチとして動作します。このトランジスタのサイズが小さくなることで性能が向上します。このトランジスタのサイズがナノメートルスケール(1mmの1000分の1以下)になると量子ドットという新しいトランジスタが実現します。この量子ドットにおいては電子1個の流れを電気で制御できるため、省エネルギーであり、また従来のコンピュータとは全く異なる原理で動作する量子コンピュータへの応用も期待されています。この量子ドットにおいては、ミクロな世界を記述できる量子力学によって現象が支配されます。
量子力学的な効果を用いることにより、トランジスタの性能がさらに向上することが期待されています。しかし、この量子力学的な効果は熱エネルギーに弱いという特性を持っており、そのため通常は絶対零度(マイナス273度)近くの温度で測定され、温度が高く(熱エネルギーが大きくなる)と量子力学的な効果は弱くなっていくことが知られています。
成果の内容
私たちは量子ドットを2つ直列につないだ直列2重量子ドット(図1)に流れる電流を、温度を変えながら測定を行いました。図2(a)に絶対温度0.3Kにおける計算した結果を示します。ここで、領域αは電子間のクーロン斥力により電流が流れない(クーロンブロッケード)領域)、領域βは電子が持つスピン(注1)という磁気的な特性によって電流が流れない(パウリスピンブロッケード)領域です。パウリスピンブロッケードは、量子力学の特性であるパウリの排他律によって生じる現象です。その間の領域γはこの2つの領域を分ける2重量子ドットに電流が流れる領域です。次に絶対温度が1Kのときの電流の計算結果を図2(b)に示します。図2(a)と(b)を比較すると、温度が高くなると、領域γが狭くなり、領域βが広がっていることがわかります。図3に0Kから3Kまでの電流の温度依存性を示します。この図から量子力学的効果であるパウリスピンブロッケードによる抑制領域が、熱エネルギーの効果で広くなっていることがわかります。これは、熱エネルギーの効果が実効的な電圧を大きくする効果になるため、その等価的な電圧の効果がパウリスピンブロッケードを発生させたことが原因です(図4参照)。パウリスピンブロッケードはパウリの排他律という量子力学的な効果を利用した現象です。このような量子力学的な効果が温度の上昇によるネルエネルギーによって強められるという現象は通常は生じないため、この熱支援パウリスピンブロッケードの理論的な解明は量子ドットの湯女ナノスケールのトランジスタにおける重要な発見です。
今後の展開
この効果はトランジスタの性能をさらに向上させ、より高性能なコンピュータの実現を可能にすることができます。この効果の実験的な検証を進めていく予定です。
(注1)スピン:量子力学的な粒子が持つ自由度。古典的にはその粒子の自転に例えることができ、反対のスピンを持つとは自転の向きが反対であると考えることができる。
(注2)パウリの排他律:2個以上の電子(フェルミ粒子)は同じ状態を占有することができないという量子力学における原理
論文タイトル
「Thermally
assisted Pauli spin blockade in double quantum dots」
M.
Kondo, S. Miyota, W. Izumida, S. Amaha, and T. Hatano
DOI:
10.1103/PhysRevB.103.155414
図1 直列2重量子ドット
図2 温度
(a) 300mK及び
(b) 1Kにおける2重量子ドットの電気伝導特性
図3 熱エネルギーにより量子力学的効果が増強されたことを示した計算結果
図4 熱エネルギーにより量子力学的効果が増強される物理的な説明を表した図