研究内容

 

 

1.多層グラフェンを用いた新規デバイスの電気伝導特性の研究

 2次元結晶であるグラフェンはファンデルワールス力によって層状に結合しています。この多層に結合したグラフェンは層数の違いによりバンド構造が異なるため、電気伝導特性も層数により大きく異なります。このような異なる層数のグラフェンを用いた量子ドットにおいて、ドット内に正孔または電子を閉じ込めたときのグラフェン層間の電子間相互作用(電子相関)はまだよくわかっていません。その1つの原因として、不純物などによる影響によりグラフェン量子ドットの特性が安定しせず、研究が進んでいないことがあげられます。私たちは、不純物の影響を抑えた多層グラフェン量子ドットにおけるグラフェン層間の電子相関を明らかにする目的で研究を行っています。不純物の効果を最小限に抑えるため 、六方晶窒化ホウ素(hBN)でグラフェンを挟んだヘテロ構造(hBN/4層グラフェン/hBN)を用いて4層グラフェン量子ドットを作製をしました。図2(a)に我々が全乾式転写法を用いて作製した量子ドットの概略図です。上部及び下部のhBNの厚さはそれぞれ6 nm35 nm私たちはこのヘテロ構造において、電子線描画装置を用いて量子ドット構造を描画後、ドライエッチングによって量子ドットを作製しました。図2(b)に作製した量子ドットの電気伝導特性を示しています。測定温度は40mK。図のように複数のクーロンダイアモンドが形成されていてクーロンダイアモンドは閉じていないため、作製した単一量子ドットは多重量子ドット構造となっていると考えられますこの多層グラフェン量子ドットの研究を継続して行っていく予定です。

T. Iwasaki, T. Kato, H. Ito, K. Watanabe, T. Taniguchi, Y. Wakayama, T. Hatano, S. Moriyama, Fabrication and characterization of quantum dot devices based on tetralayer graphene/hexagonal boron nitride heterostructures,  Japanese Journal of Applied Physics 59, 024001 (2020).

         図1(a)量子ドットの上面図(b)微分コンダクタンスのVgVd依存性測定結果

 

2. 自己組織化を利用した新規デバイスの研究

     これまでのナノスケールの電子デバイスは光露光装置や電子線描画装置を用いるトップダウン方式で作製されてきました。しかし、量子効果が期待される10nm以下のサイズのデバイスを作製することは非常に困難で、また作製工程での誤差が生じます。このばらつきはたとえ1個のデバイスでは小さくともデバイスが大規模に集積化された場合には大きな問題になります。それに対して、物質の自己形成を利用した、フラーレン、カーボンナノチューブ、コロイド状量子ドットなどを用いることによるボトムアップ方式により、デバイスサイズを10nm以下にでき、また作製工程で生じるばらつきを制御できる可能性があります。このようなボトムアップ方式のナノデバイス作製を行っています。

 

図2. ナノギャップを用いたカーボンナノチューブトランジスタと室温での電気伝導特性

 

 

3.縦型量子ドット(人工分子)の電気伝導特性の研究

 近年注目されている量子コンピュータや量子シミュレータは、新しい量子情報処理を開拓するだけでなく、量子力学や固体物理の新しい現象を明らかにすることが可能です。このような新しい量子情報処理のハード面を支える可能性を秘めた技術の1つが、従来の電界効果トランジスタとはまったく異なる原理で動作するナノスケールの量子デバイスです。このような量子デバイスの1つで、1個単位で電子スピンを制御できる量子ドットは量子コンピュータの基本単位(1量子ビット)または量子シミュレータを構成する最小ブロックを実現するための有力な候補です。量子ドットにおいては通常の原子と同様に‘殻構造’や‘Hund則’が成り立つため、人工原子と呼ばれています。このような人工原子を多数個結合させた多重量子ドットデバイスは人工分子と呼ばれます。このような人工分子の特性を明らかにする研究を行っています。

T. Hatano, M. Stopa, and S. Tarucha, ‘Single-electron delocalization in hybrid vertical-lateral double quantum dots’, Science 309, 268 (2005).

 

図3. 並列量子ドットにおける2つのドット間の電子波の遷移(Science(2005)より)

 

4.直列2重量子ドットにおける熱支援パウリスピンブロッケード

 直列2重量子ドットにおいては、電子スピンを利用した電流の抑制が可能です。図4のようにdotRにアップスピンがそろった(三重項)状態にソース電極からアップスピンの電子がdotLにトンネルすると、2重量子ドットの電子状態が四重項状態となるため、2重量子ドットに電流が流れない四重項パウリスピンブロッケード現象が発生します。これは四重項が暗状態となるために生じる現象です。この四重項パウリスピンブロッケードに対して、図5のように温度依存性を計算すると、四重項パウリスピンブロッケード領域が、ゲート電圧の低い領域にまで広がります。これを、我々は熱支援パウリスピンブロッケードと名付けました。この効果は、擾乱に弱いはずの半導体中のスピンの量子的な効果が高温により増強されるという非常に興味深い現象であることを示しています。

M. Kondo, S.Miyota, W. Izimida, S. Amaha and T.Hatano, Thermally assisted Pauli spin blockade in double quantum dots,  Physical Review B 103, 155414 (2021).

 

図4. 四重項パウリスピンブロッケードの概略図

図5. 四重項パウリスピンブロッケードの温度依存性

 

 

5. 非線形輸送領域における並列結合二重量子ドットにおける並列および直列電流経路の共存

〜量子ブリッジ回路の実現〜

磁場下での並列結合二重量子ドット(DQD)デバイスの電子輸送特性を調査しました。低磁場が印加されると、並列結合されたDQDを介した電子トンネリングが観察されました。高磁場下で、非線形輸送条件下で並列結合および直列結合されたDQDを介した電子トンネリングの両方を観察しました。さらに、パウリスピン遮断が観察され、直列結合されたDQDを介したトンネリングを示しています。これらの振る舞いは、並列構成と直列構成の電流経路の共存を可能にするトンネル結合の磁場誘起変化に起因すると考えられます。図4(c)の並列結合DQDの電気回路は、従来のブリッジ回路と同等です。したがって、すべてのトンネル結合が順次プロセスである並列結合DQDは、量子ブリッジ回路と見なすことができます。

T. Hatano, T. Kubo, S. Amaha, S. Teraoka, Y. Tokura, and S. Tarucha, ‘Coexistence of parallel and series current paths in parallel-coupled double quantum dots in nonlinear transport regime’, Applied Physics Express 14, 105001 (2021).

図6 (a) Vc = − 0.7 V, Vb = − 0.5 mV, B = 12 T. (b) Vc = − 0.7 V, Vb = −20 μV, and B = 12 Tの場合のStability Diagram.

 

 

図7 B = 12 T, Vc = − 0.7 V, (a) Vb = 0.8 mV and (b) Vb = − 0.8 mVの場合のStability Diagram.黄色台形内でPauli Spin Blockadeが確認できる。 (c) 並列結合DQDデバイスの電子回路。ドット間トンネル結合がシーケンシャルの場合、電流は水色または赤の矢印の方向に流れます。 2つの黄色の円と2つの黄色の半楕円形は、それぞれ2つのQDと2つの電極の位置を示しています。この図より、並列二重量子ドット素子を用いることにより、量子ブリッジ回路が実現できます。

 

 

 

 

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